本屋さんに行くと、つい食べ物のタイトルの本を手にとってしまいます。
タイトル通りにおなかがすくような物語もあれば、 まったく食べ物が出てこないのに心が満たされる物語もあって、その予想外に出会えるのが、この選び方の楽しさです。
今日は、そんな予想外に心を満たしてくれた一冊、 夫婦で物語を紡ぐ作家・木皿泉による『昨夜のカレー、明日のパン』を紹介します。
あらすじ
7年前に夫を亡くしたテツコは、今も義父のギフとの二人暮らし。
大切な人を失った二人は、人々とかかわりながら、少しずつ死を受け入れていきます。
穏やかな日々を重ねる二人の暮らしが、やがて新しい形へと変わっていく。
変わりゆく日常に葛藤しながらも、前を向く姿が力をくれる一冊です
どんな方におすすめ?
- 穏やかな物語が好きな方
- 喪失と向き合う物語を読みたい人
- 家族のあたたかさを感じたい人
タイトルだけ見るとご飯がたくさん出てきそうですが、実際にはほとんど出てきません。
読んでみて
近すぎず、遠すぎず
家族というのは、全員が絶妙なバランスで存在していて、だれか一人でも欠けると、その均衡は簡単に崩れてしまうもの。そんな中で、テツコは夫の死後も義父のギフと暮らし続けています。
テツコとギフという、少し不思議な組み合わせの二人暮らし。
本当の親子のように、言葉を交わさなくても伝わる瞬間があれば、義理親子らしく、相手の領域に無遠慮に踏み込まない距離感もある。その絶妙な間合いの中で、二人は静かに暮らしています。
義理家族との関係は、どこか距離があったり、マイナスな印象で語られることも多いけれど、こんなにもやさしく、あたたかい関係性もあるのだと気づかされました。
家族に血のつながりは必ずしも必要ではないのだと、教えてくれるようです。
生きている人の中で続く命
亡くなっても、生きている人の中に生き続ける。
よく聞く言葉ですが、この物語を読んでいると、その言葉の自分なりの解釈が見つかった気がしました。
「生き続ける」とは、亡くなった人が、残された人の感情や行動に影響を与え続けるということなのだと。
生きている人の中で思い出話が語られ、 故人がきっかけで誰かが動き、選び、暮らしていく。
誰かの胸にいる限り、その人はこの世界に確かに生き続けられるのではないか。
そう考えると、いつか自分にも訪れるその時のことを、怖がらずにいられるような気がしました。
大好きな一節
物語を読み進める中で、一つ大好きなセリフがありました。
「世の中、あなたが思っているほど怖くないよ。大丈夫」(『昨夜のカレー、明日のパン』より)
世の中のことを考え始めると、心配ごとは尽きなくて、 次第に身動きが取れなくなるような瞬間があります。 何をするにも怖くて前に踏み出せない。そんなとき、この言葉を思い出すと、もう一度歩き出せるような気がしました。
物語の中のたった一つのセリフが、自分の背中を静かに押してくれる。 それが、本を読む理由の一つなのかもしれないですね。
思いがけない知識に出会う
読んでいて、ひとつ「あれ?」と思う場面がありました。 時代背景は昭和のはずの場面で、会話に「君の名は」が出てきたのです。
平成生まれの私は、「君の名は」といえば当然あの「全然前世〜」の新海誠監督の作品。
なので、なぜ急に最近の映画が?と戸惑ってしまいました。 もしかして時代背景を読み違えたのかと不安になりながら読み進めましたが、 他には特に違和感もなく。
読み終えてから急いで「昨夜のカレー、明日のパン 君の名は」と検索しても何も出てこず、 試しに「君の名は 昭和」と調べてみると、 昭和にも大ヒットした同名映画があったことを知りました。
新海作品は男女が入れ替わる青春劇ですが、 昭和版は戦後を舞台としたメロドラマ。 同じタイトルでも、まったく違う内容だったんですね。
本を読むと、思いもよらない知識に出会えることがあって、 こういう瞬間がとても面白いなと思います。
さいごに 夫婦共同での作品
この本を読むまで、夫婦で一つの筆名を共有して創作するケースがあることを知りませんでした。調べてみると、木皿泉のように夫婦で同一名義というのは、やはりかなり珍しいようです。
そんな前情報を踏まえて読むと、夫婦で書いているからこそ生まれる、あのリアルで絶妙な家族の距離感がより深く感じられる気がします。
ちなみに、世界的に見ると、従兄弟や友人同士で共同名義を使って創作する例もあるそうですね。そう聞くと、創作の裏側で喧嘩したりしないのかなと、つい素人目線で想像してしまいます。
ぜひ、この夫婦で紡がれた物語のあたたかさを味わってみてください。

